骨粗鬆症は国民の9人に一人が罹患しているという推算もあるcommon diseaseであり、その克服は骨代謝研究の喫緊の課題です。
ところが近年、その肝心な骨粗鬆症治療薬の研究・開発は世界的に行き詰まっています。社会は今なお脆弱背骨折パンデミックの脅威に晒されているにも拘らず、新薬の開発はピタリと止まってしまいました。
骨は「吸収され、形成し、石灰化する」ことを繰り返す組織です。これを見出した先人たちの慧眼はその後の骨代謝研究に絶大な貢献をしました。この3つの相を探求することこそが近代の骨代謝学であり、骨粗鬆症治療薬も突き詰めればこの3つの相、中でも骨形成と骨吸収を深掘りして掘り当ててきたものです。この戦略で掘り当てるべきものをほぼ掘り尽くしてしまったのが現状であると私は考えています。
わが国には芸事の稽古・鍛錬・修業のあり方を示す「守・破・離」という言葉が残されています。すなわち、修業とはまず先人・師匠から教わった型を徹底的に「守」ることから始まります。次いで先人・師匠から教わった型を身につけた者は、自分に合ったより良いと思われる型を模索することで既存の型を「破」ることができるようになります。さらに研鑽を積み、様々な型をよく理解すれば既存の型そのものに囚われることなく「離」れて自在となることができます。
この「守・破・離」という言葉は基本の大切さを説いてはいますが、同時に芸事を志す者の最終目標点は「離」であると明言しています。すなわち、先人の教えをそのまま守り続けていては、いつまでも最終目標点に達することはできないのです。
これは学問の世界においても然りです。学問はずっと繋がっており、偉大な先人たちが切り開いてきた道の上にいま私たちは立っています。しかし、いつかはその道を外れ、先人の教えから「離」れなければなりません。言葉を変えれば、それがパラダイムシフトであり、いま骨代謝研究に求められているものです。
それではどうすれば既存の概念から「離」れることができるのでしょうか?「守・破・離」の教えは明快に示します。それは「守」を極める、すなわち、基本を徹底的に身に付けることです。骨のありのままの姿を俯瞰することなくいきなり狭く深い最前線の研究に駆り出されても、先人の敷いたレールを踏み外す斬新な発想は生まれてきません。「守」あっての「離」なのです。
ここに形態学の果たす役割があります。形態学は最前線であると同時に常に基本であり、全体を俯瞰する力を育てます。誰の目にも同じものが見えますが、その中に真理を見出すためには知識と考察が必要です。そしてその考察が正しいかどうか形態は常に糺してくれます。それはもちろん研究の世界に関してもそうですが、何よりも臨床においてこれを実感する方は多いのではないでしょう
ですから形態学は突き抜けた速さを持ちませんが、その代わりに暴走することもありません。医学の進歩に直結する大発見はできなくても、画期的な発想を生み出す底力を涵養するのです。この形態学の特徴こそが、袋小路に追い詰められた今日の骨代謝学が復活するための切札となると私は信じています。骨に携わる全ての医学者、全ての研究者に、形態学のリテラシーを。日本骨形態計測学会はそのために貢献します。
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